医療法人「徳州会」、徳田虎雄理事長の〝病状悪化〟を告げる怪文書出回る
札幌から沖縄まで全国に63の病院を擁する特定医療法人「徳州会」で〝異変〟がおきつつあるようだ。周知のように、徳州会と言えば徳田虎雄氏の存在抜きに語ることはできない。同氏は大阪大学医学部を卒業後、1973年に自らの名前を冠した「徳田病院」を大阪府松原市に設置、その後、「生命(いのち)だけは平等だ」をスローガンに、全国に病院や診療所を次々に開設していった。徳田氏が自らの生命保険を担保にして、銀行から開設資金を借りていたのは有名な話である。
「年中無休」、「24時間オープン」など患者側に立った病院経営を徳田氏が目指したため、徳州会系の病院進出に際しては、患者を奪われるのを怖れた地元医師会などが強く抵抗、各地で軋轢もおこしてきた。それでも徳州会グループは、いまや日本で最大級の規模を誇っている。
このように徳田氏は〝カリスマ的病院経営者〟であると同時に、政治家としての側面も持っていた。83、86年の衆議院総選挙では鹿児島県奄美群島選挙区から立候補するも落選。この時、保岡興治氏と島を二分する激しい選挙戦を展開し「保徳戦争」と呼ばれた。90年の総選挙で徳田氏は無所属で初当選。93年に再選を果たし、自民党に所属するが日本医師会の意向によって、わずか3日で追放の憂き目にあっている。その後、徳田氏は「自由連合」を結成、東京都知事選では石原慎太郎氏を資金面などで強力にバックアップしたことから話題となった。徳田氏は、日本医師会の牙城である東京23区内に徳州会病院の旗を立てるのが〝最後の念願〟で、石原氏への協力もそうした背景があったようだ。
その徳田氏も04年2月ごろから病気療養のため、国会に出席できなくなり、昨年の郵政解散で政界を引退。表舞台から姿を消していたが、最近になって左記の怪文書が徳州会や銀行関係者の間で出回っている。文面からは、徳田氏の病状が相当深刻で、三井住友銀行に対して融資計画を早急に決断してほしいと求めているように読める。しかし、それ以上、具体的なことは分からない。
ある徳州会関係者は次のようにいう。
「徳田さんが面会謝絶で、誰も会うことが出来ないのは事実です。ただ病状については、はっきりしていません。この怪文書にある融資案とは、三井住友銀行から1300億円を借りる話で、この9月末が期限になっています。実は、この話を進めているのが、徳州会の中でも大阪なんです。一方、東京は三井住友がダメなら他の金融機関から借りれるように動いている。ここに内紛の兆しがあると、怪文書は言いたいのでしょう」
同関係者によれば、たしかに徳田虎雄氏に代わるようなカリスマは徳州会にいないため、集団指導体制に移行せざるを得ない、という。徳田氏の〝最後の日〟が近づいているのかもしれない。


