【連載コラム】金融経済評論家 松本弘樹「マネーゲームの罠」
ここからは、実際に現場で体験した私、松本の仕事上のスタンスについて述べておきたい。幸いなことに、私のコラムは金融当局関係者やマスコミなどの方々にもたいへん多くご覧いただいていると聞く。であるなら私たちが直面した事実を参考に、ぜひ証券市場を「あるべき姿」に導いていただきたい、と思う。
私は1986年、「日本観業角丸証券」という準大手証券に入社した。当時、同社は大手証券4社に追いつく勢いがあり、新入社員の教育は大変厳しかった。そこでは社会人としての常識だけではなく、金融マンとしてのモラルや証券マンとしての倫理を徹底的に叩き込まれた。まさにその道のプロフェッショナルを創りあげるものであった。
私はそのときの教育が25年たった今も染み付いている。2000年以降ソフトバンクを退社し独立した今も、不思議と気が緩むことなく充実し、自分に驚くほど真面目に厳しく仕事をするようになったのである。
私の理念は、ひとつの案件に対して、それぞれがそれぞれの得意分野で力を合わせ、みんなで協力しあって努力し成果をあげる、互いにそこから得られる利益を享受できるように行動する、というものである。
「キムラタン」の時に、私が優先した信念は、引き受けた投資家の利益は当然だったが、それより会社の存続、伝統の継承、既存株主の利益、そして何よりも、そこで働く従業員と家族のことであった。会社が存続している現在、この点だけは達成できた、思う。
先日、証券業界の大御所と直接話す機会があり、私はこう指摘された。
「この業界は数少ないパイをめぐって、いろいろな人間がそれを奪い合っている。だからそこで仕事をしている我々は、自然と相手に対して疑心暗鬼にならざるを得ない。時には相手を、出し抜き裏切ることも自分のポジションを確保するためには、どうしても必要なことなんだ」
私のビジネスの進め方が理想を追求するあまり、すべて利用され失敗ばかりであること。結局、企業再生も理想ばかりで、結果になっていない、という指摘だった。正直、私もその矛盾を認識しないわけではなかった。ただ、その時、語った大御所の表情は心なしかさびしそうであったのを私は見逃していない。
証券業界は、製造業やサービス業と違い、会社という「大きな文化」を売買する仕事である。したがって、そこに思惑や計算というものが存在し、日々裏切りと結託の連続の中でものごとが進行している。それに関わる人々の個人的な欲望や執着が、実は「なるようになるもの」をならなくしている。個人のエゴで会社が存続できなくなり、その結果、みんなが多大な迷惑や損失を被った案件を私は何度も経験している。彼らには、会社や株主の全体的な「将来の利益」を考慮する、という感性はまったくない。常に目先の利益、自分さえ良ければよい、という発想しか持ち合わせていない。
そのような者が会社の中心にいたら、周りのみんなが不幸になるのは時間の問題である。私は大御所の言うスタンスはよく理解できるが、自分にはできないことも良く分かっている。だから日々苦しんでいるのも事実で、私の性格がもたらした結果なのかもしれない。しかし、馬鹿正直な松本が具体的に経験した実例を紹介することで、何かを分かっていただければ、それはそれで幸せなことであると思う。
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